フェーズフリー建築協会賞「土間がつなぐ家」

  フェーズフリー建築協会賞「土間がつなぐ家」

齋藤信正さんコメント

トラベルバッグの齋藤と申します。本日はこのような企画をいただきまして有難うございます。

今回はじめてフェーズフリーという概念を通して住宅の設計を考えました。「いつもの暮らしをもしもの支えに」、このコピーを見て考え始めたのですが、フェーズフリーはいつもともしもの境界をなくす、或いはいつもともしもを同じような状況に保つことだと理解しました。

では、いつもともしもで変わってしまうことは何か、を考えました。私はここからスタートしたのですが、いつもともしもで暮らしが変わってしまうもの、そのポイントはストレスにあるのではないか、というのが私の考えの中心になります。熊本地震であったり、九州北部豪雨などの水害が増えていて、心が痛むことが多いのですが、これらの災害でいつもともしもが変わってしまうのは、ストレスから始まってしまうのではないかと思いました。もちろん何かが壊れてしまって変わっていくということもあるかもしれませんが、暮らしの基本であるいつもともしもの境界を無くすという意味で言えば、ストレスが中心にあるのではないかと思いました。その中でも一番の要因は、生活の場が変わってしまう、生活の中心の場が変わってしまうことにあるのではないかと思いました。

そこで今回私が提案したのは「土間がつなぐ家」です。これは土間を生活の中心に置くことによって、いつもともしもが変わらずに生活が続くという提案です。いつもともしもで生活の形が変わらなければ、ストレスも減って、きっと暮らしやすくなるのではないか、という考え方です。いつもともしもを繋ぎ、家族や地域、自然環境をつなぐような設計ができればいいなと、提案したものです。

建築としましては断面図にもあるように、主たる住宅の機能を持った母屋と下屋の中にある土間という形で計画しています。

この形にしたのは、配置した庭との関係性、避難や救助の動線を確保すること、更にはフェーズフリーのランドマークとしての役割を持たせること、リノベーションの可能性を期待できること、などの意図からです。
簡単ではありますが、これが私の提案になります。ありがとうございました。

フェーズフリー建築協会講評

フェーズフリー建築協会では、齋藤信正さんの「土間がつなぐ家」を協会賞に選びました。選出の理由について、ご説明させていただきます。

齋藤案では、この家のテーマとしている土間や縁や吹抜けが、平常時と災害時の5つのフェーズにおいて、どのような位置付けで、どのように役立つかを、丁寧に検討されている点が評価できました。

平常時には、自然を感じ豊かに暮らす場として、家族や地域の活動を受け入れる場として、「土間」やそれにつながる居間や庭が、普段の楽しい暮らしの中心となっている様子が作品に表現されています。各部屋に設けられている小さな「縁」も、自然を感じ外とつながる設えとして生きています。

災害の第1のフェーズ、災害予知の段階では、3階建ての高さや各室の縁が、周囲の状況や変化をいち早く察知できるとしており、大切な配慮です。

第2のフェーズは、災害発生時の危険から身を守ることが求められる段階です。耐震性を考慮し上下階の壁位置を整合させ、ネックとなりやすい大きな吹抜けを水平構面で囲み、収納部分に十分な耐震壁を設けるなど、地震のダメージが最小限となるよう考えられています。また、想定されている洪水に対しても、土間空間の開け放しや3階への退避などが考慮され、発生した災害の危険を少しでも回避できるよう考えられています。

災害の被害評価のフェーズ3では、土間空間が吹抜けを介し母屋と連続するつくりになっていることから、住まい全体が容易に見渡せ、被害状況をいち早く把握できるとしています。

第4のフェーズ災害対応の段階では、独立性が確保された階段室と、空間巾のある土間とその両端につながる二つの庭が、救助救出が妨げられることなく機能するであろうとしています。

災害の第1から第5のフェーズそれぞれに提案がなされているのですが、私たちが高く評価したのは、第5のフェーズ「災害復旧」の段階の提案です。

損なわれたものが多くあっても、少しでも平常時に近い生活を続けることが大事との観点から、「土間」の優位性が強調されています。手入れが容易で復元性の高い「土間」が、普段から生活の中心であることで、災害の復旧段階でも、ストレスの少ない自立した暮らしが継続しやすいとアピールされています。また土間は、庭や通りとの親和性が高く、炊き出しなどで避難者を受け入れやすいつくりであることが提案から読み取れ、説得力があります。土間に設けられている耐震壁は、非常食や生活消耗品のストック収納を兼ねるといった点も、周到に考えられています。

個室ゾーンである2・3階が同じ平面プランで、それぞれ「前室」と称する小さな居間を持つ構成としている点にも注目しました。このプランは平常時もシェアハウスとして使用可能なつくりであり、その可能性は災害復旧の段階で、家族以外の避難を受け入れられることも意味します。

二つの庭と土間、セミオープンな母屋1階部分、上の階の個室ゾーンと、空間とプライバシーの開放性に段階があるのも好ましい点です。平常時・非常時に限らず、住み手の意志により開閉のコントロールが可能なつくりであることは、無理のない快適な暮らしを継続する鍵となります。

審査の際に案に対して出た指摘を2点ご紹介すると、このプランでは階段が廊下に対してオープンなつくりとなっていますが、階段室として独立したつくりにすれば、フロアごとのシェアがスムーズになり、避難経路としても安全が確保しやすくなります。2・3階の共用部にある前室=小さな居間部分に、ミニキッチンなど簡易な煮炊きのできる設備があれば、さらにシェアの機能が高まります。これは災害時に1階部分を開放する際にも、住み手の生活が担保されやすくなることにつながります。

タイトルにあるように「土間」が中心となって、平常時と災害時をつなぎ、家族や地域をつなぐことで、いつもの暮らしがもしもの支えとなる、秀逸な提案であると評価しました。

パネルディスカッションにて風祭講評

(齋藤案の分析グラフを見ながら)協会賞の斎藤さんの「土間がつなぐ家」の方も、篠田さんの作品と同じようなかたちで、災害時には早期警報から復旧復興まで対応できるような所になっていて、すごく面白いと思います。実施設計であったら楽しいだろうと思ったのが、通り土間のような土間になっていて、そこの土間が中間領域的なかたちで使えるのではないかということです。想定する災害としては、様々なケースを考えられているのですが、例えば水害に遭った時も土間なのでサラッと水や汚れを払うことが可能で、そこに地域のひとも受け入れることができるという提案でした。

協会メンバーコメント

普段住宅の設計を仕事としているフェーズフリー建築協会のメンバーですが、その私たちがこの作品についてまず驚いたのは、住宅としての間取りの素晴らしさです。フェーズフリー住宅とは、防災住宅とは違い、ただ災害に強い、復旧しやすい、というだけではなく、QOL(生活の質)を上げることで平常時も災害時も生活の楽しさを維持することができ、日常へ早く戻ることが可能であるような住宅だと考えます。現代の防災住宅は、災害に強い住宅を、と考えるあまり、QOLが下がってしまっているのではないか、という問題提起です。そういう意味で「いつもの暮らしをもしもの支えに」というキャッチコピーを作ったのですが、齋藤さんの作品は、キャッチコピーに表されるような「いつも」と「もしも」をしっかりと考えられていて、なおかつQOLが高い、さらに未来への暮らし方の新たな可能性も見受けられる素晴らしい作品であると考えました。